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三鷹の歴史「団地の出現 ・ 人口急増、日本初の下水道完備都市」

作成・発信部署:企画部 広報メディア課

公開日:2009年3月3日 最終更新日:2019年6月26日

画像:牟礼団地の写真

牟礼団地

都市化にともない基盤整備が急ピッチで進められる

戦後間もない昭和25(1950)年に単独市制を施行した三鷹は、都営、公団などの集合住宅の建設で人口の急増期を迎えました。

昭和31(1956)年に都内初の公団住宅として建設された牟礼公団住宅を皮切りに、新川公団住宅、三鷹台公団住宅が誕生。学校の新増設、上下水道建設、ごみ・し尿の処理、道路整備、社会教育会館や図書館の建設など、都市化にともなうさまざまな基盤整備が急ピッチで進められました。

画像:下水道工事の様子

下水道工事の様子

日本初の下水道完備都市に

三鷹市が公共下水道普及率100パーセントを達成したのは昭和48(1973)年。当時の市長、鈴木平三郎は公衆衛生を専門とする医学博士でもあり「公共下水道無き都市は、地上に如何なる文化施設を持つも、それはスラムである」として、受益者負担金制度や市政運営への企業性の導入など大胆な手法で、全国初の下水道完備都市を達成しました。

同じく全国初のコミュニティ・センターとして大沢コミュニティ・センターが完成したのはその翌年。昭和50年代には各住区に次々と住民協議会、コミュニティ・センターが誕生しました。

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