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第41回太宰治賞贈呈式を行いました
作成・発信部署:スポーツと文化部 芸術文化課
公開日:2025年6月18日 最終更新日:2025年6月18日
受賞者は前田知子(まえだ・ともこ)さん
令和7年6月13日(金曜日)、三鷹市と株式会社筑摩書房が共催する第41回太宰治賞の贈呈式を、如水会館 (千代田区)で開催しました。
会場では、出版関係者や報道陣を前に、受賞作「フェイスウォッシュ・ネクロマンシー」の作者、前田知子(まえだ・ともこ)さんに、株式会社筑摩書房 増田健史代表取締役社長から表彰状を授与し、河村孝三鷹市長から正賞(記念品)と副賞(100万円)を贈呈しました。
選考委員を代表して津村記久子さんによる選評のお言葉
「フェイスウォッシュ・ネクロマンシー」は、中学生の息子がいる女性が、ある特定のスキンケア用品を使って手がきれいになると、同じように手がきれいだった祖母の幽霊が周囲に現れるという不思議な小説です。
文体や言葉遣いによる物事の捕まえ方が面白く、軽くて笑いがあるとか、書く対象と距離感の中での語りがユーモラスであると評価され、私もまた同じような所感を持ちました。
主人公のバイト先の重野さんには、主人公と同じように不登校の息子がいて、主人公には息子しかいないけれど、重野さんには息子と娘がいます。似たような苦境でも子供の数や女の子がいる、いないという違いへの嘆きであるとか、祖母が美空ひばりやきんさん・ぎんさんのシルバーカーの話をしていたことを主人公が思い出す場面や、ビートルズの「ハロー・グッドバイ」という曲について言及される部分などの文章が非常に印象的で、そういった素晴らしい印象、記述や場面が多数あったように思います。
自分が書いた選評には、非常に味わい深いと何度も繰り返し書いてしまうような、無数の小さな傷が絶えない日常と緩やかな人生の起伏の交錯を楽しく工夫に満ちた筆致で書かれた素晴らしい作品であるというように思いました。すごく面白かったです。
前田さん、この度はご受賞おめでとうございます。
受賞した前田知子さんのご挨拶
前田知子と申します。この度は、私の書いた小説に、栄えある賞をいただくことになりました。ありがとうございます。
お礼からご挨拶をはじめてはみましたものの、ほんとうは、開かれながら続いている文学賞の存在そのものに感謝したいと思っています。
少し自分の話をいたします。私は20代から30代にかけて、散文ではなく韻文を書いておりました。その頃は、自分にしか書けないものを書くのだという野心めいたものを持っていたような気がしますが、このごろは、面白い本が読めればそれが自分の書いたものでなくても全くかまわないと思うようになりました。
それでも、今回応募した小説が多くの方の目に触れる場所に置かれてみますと、少し厳かな気持ちにもなりますし、書き手としてできることを増やしてみたいと思うようにもなりました。
太宰治賞のムックは候補作の四点と選評が読めますから、小説の書き方、とくに人称の考え方については、これを読みながら勉強させていただきました。また、そういう技術のこととは別に、自分の作風というものを公募に挑戦するそれぞれの方がお持ちだと思うのですけれど、書き上げたものを客観的に眺めて、さてどこに応募するのかということを考えたとき、私はなんとなく太宰治賞がいいなと思った。そういうわけなので、今日自分がここに立っていることよりも、応募する場所があったというそのことに、感謝を申し上げたいです。
私の書いた小説の中で主人公は、家の掃除に打ち込むのですが、その様子は、いま私が書き手としての自分に課題の多さを感じながら励んでいることと、似ているようにも思います。
掃除とちがって、創作というものは、価値の知れないものをどんどん生み出していく行為です。ですが、そうやって副産物のように生まれたものを、面白がってくれる誰かもいるということには、いつも驚かされてきました。
そういう文学の不思議を、お集まりの皆さまと一緒に喜べたらと思っております。望外の機会をいただいたことへのお礼を申し上げて、私のご挨拶をしめくくりたいと思います。本日はありがとうございます。
『太宰治賞2025』
受賞作及び最終候補3作品と選考委員の選評などを収録した『太宰治賞2025』は、株式会社筑摩書房から6月19日(木曜日)発売予定です。
受賞作「フェイスウォッシュ・ネクロマンシー」あらすじ
息子の不登校に悩む四十代の「私」。美容品を扱う店でテスターを使用したその日から、祖母の霊を降ろせるようになってしまった。掃除に打ち込む「私」の傍らで、もの言わぬ祖母は何をどう感覚しているのか。重曹と洗顔料と生家の思い出を携えて、パート主婦が越冬する。
第41回 太宰治賞 最終候補作品
- 前田知子(まえだ・ともこ) 「フェイスウォッシュ・ネクロマンシー」
- 蒼生行(あおい・ゆく) 「地下世界の俄雨」
- 神谷有咲(かみや・ありさ) 「黒南風」
- 高山春花(たかやま・はるか) 「神様の肌」
- 太宰治賞とは
- 昭和39年に筑摩書房が創設した小説の公募新人賞で、吉村昭をはじめ、加賀乙彦、金井美恵子、宮尾登美子、宮本輝など多くの著名作家を世に輩出してきました。昭和53年の第14回を最後に中断していましたが、三鷹ゆかりの文人たちの文化の薫りを継承したいと考えていた三鷹市が、三鷹になじみの深い太宰治の没後50年(平成10年)を機に、筑摩書房に呼び掛け、共同主催の形で復活しました。
- その後も、芥川賞を受賞した津村記久子さん、今村夏子さん、大江健三郎賞を受賞した岩城けいさんなど、有望な若手作家を輩出しています。
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