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第40回太宰治賞贈呈式を行いました

作成・発信部署:スポーツと文化部 芸術文化課

公開日:2024年6月19日 最終更新日:2024年6月19日

画像:受賞者の市街地ギャオさんを囲んで記念写真(拡大画像へのリンク)

受賞者の市街地ギャオさん(前列中央)を囲んで記念写真

(画像クリックで拡大 43KB)

受賞者は市街地ギャオ(しがいち・ぎゃお)さん

令和6年6月14日(金曜日)、三鷹市と株式会社筑摩書房が共催する第40回太宰治賞の贈呈式を、如水会館 (千代田区)で開催しました。

会場では、出版関係者や報道陣を前に、受賞作「メメントラブドール」の作者、市街地ギャオ(しがいち・ぎゃお)さんに、株式会社筑摩書房 喜入冬子代表取締役社長から表彰状を授与し、河村孝三鷹市長から正賞(記念品)と副賞(100万円)を贈呈しました。

選考委員を代表して奥泉光さんによる選評のお言葉

「この作品は、ネットのジャーゴンや様々なネット用語を駆使した、ネット文化になじんだ人にしか通用しないような言葉がたくさん出てくる小説で、すっと読むことはできません。それこそネットでひとつひとつ分からない単語を調べていく必要がありますが、読んでいくうちにだんだん、この小説の世界が見えてくる、そういうタイプのものです。

主人公は、高専時代にモテていた自分を忘れられず、院卒で就職したいまも男の娘コンセプトカフェで働きながら、マッチングアプリでノンケの男を「喰う」ことに勤しんでいる。様々な側面を持って、「わたし」の欲望を生きようとしているわけですが、読んでいると、そこにある種のおかしみや哀しさも浮かび上がってきて、その得も言われぬ感情が小説に奥行きを作り出している。ここが評価できる最大のポイントだと思います。

ふつう小説世界に登場しない言葉を積極的に導入して、新しい言葉の世界を作っていくというやり方自体は、例えば夏目漱石の『草枕』がそうであるように、小説としてはオーソドックスなやり方であるし、言葉の世界、小説の世界を広げていくという意味では正道的とさえ言えると思います。

言葉を調べながらじっくり読むことで奥行きを持って立ち上がってくる世界があり、またこの小説について語ることでさらにその小説世界が広がっていく、そういう力をこの小説は持っていると思います」

受賞した市街地ギャオさんのご挨拶

「このたびは、このような栄誉ある賞をいただき、そして、このような素敵な場を用意していただき、本当にありがとうございます。

小説を書くということは、大阪の自宅でパソコンと向き合うこと、それ以上も以下もなかった僕が、自分の書いた小説に導かれて、こんな壮大な世界まで来てしまったことに、今でも夢の中にいるような不思議な心地です。

スピーチをするにあたって、改めて、そもそもなぜ自分は小説を書くのだろう、と考えてみたのですが、うまく考えがまとまらなくて困ってしまいました。それっぽい理由ならいくらでも思いつきます。でも、そのすべての理由がどこか嘘っぽく、作り物めいている気がして、どれもしっくりきませんでした。

どうしたものかと困っていたとき、敬愛しているあるアーティストの言葉を思い出しました。
すべての動詞には「生きる」という意味が含まれている。
歩くことも話すことも食べることも、死ぬことさえも、いま生きているという状態があるから成り立つことなのだと、彼女は言いました。

であれば、書くことに理由なんて要らないのかもしれません。書かずにはいられないものがあるから書く、というのは、生きているから書く、もっと言うと、死んでいないから書く、それだけのことなのかもしれません。
彼女はこうも言いました。言葉は借り物で、借りた後は返さなければいけない。
僕は、誰かからもらった大切な言葉を、形や色を変えて別の誰かに手渡すときにいつもこの言葉を思い出します。
僕は特別な人間ではないから、これまで出会ってきた人やものによって自分自身が形作られています。外からもらってきた言葉が僕そのものです。誰かにあげられる言葉というのは、かつて僕自身が救われてきた言葉に他なりません。

小説を書くときも同じで、今、僕の体が生きているこの世界で借りてきた言葉を、書くことで返している、ずっとそういう感覚で小説を書いています。
返す先は小説の中の人たちで、これは自分であって自分でない存在、性別や年齢や指向や属性、何もかもが違っていても、書いているときはやっぱり僕自身であるような気がしています。
なのですが、不思議なことに、この人たちは僕のものではない言葉を話しはじめるときがあります。書いた瞬間には僕自身の言葉だと認識していたはずのものまで巻き込んで、最後にはすべてがその人たちの言葉になっていく。小説が自分の手を離れていくのは、本当の意味で小説に言葉を返すというのは、きっとその瞬間なのだと思っています。

太宰賞ムックに寄せる受賞の言葉について考えていたとき、最初に思い浮かんだのは自分が過去に書いた小説の、主人公の言葉でした。今回の受賞作もそうですが、その小説の主人公も、僕自身とは年齢も性質も違う、そしてたぶん性的指向も微妙に違っている人です。
その主人公が日常の中でなんとなく呟いた言葉が、受賞の言葉について考えている自分自身の心と完全に一致して、だからその言葉をそのまま一行目に置いて、続きを書き始めました。

これは、小説が僕に言葉を貸してくれたんだと、ずっと好きだった人にやっと振り向いてもらえたような気持ちになりました。

こんなことを言うと傲慢に響いてしまうかもしれませんが、僕は、まさか自分の人生で小説の賞をいただけるような日が来るとは本当に思っていなくて、新人賞にも、一次選考を通過したら一生の思い出になるな、くらいの気持ちで応募していました。
なので、今のこの状況はまったく想像もしていなかった本当に大変なことで、そんなときに、自分の小説が自分に振り向いてくれて、言葉を貸してくれたということが、本当に嬉しかったです。

小説が市場に出回るということは、いまの自分には想像できないくらい多くの人に作品を届けるチャンスをいただけるということです。
これからも、僕は書くことでこの世界から借りてきた言葉を小説に返していきたいです。
そして、これからは、その小説が、届いた人たちの中になんらかの言葉を残すことができるのかもしれない。それはかなりすごいことなんじゃないかなと、想像するだけで武者震いをしてしまいます。

市街地ギャオはまだまだ荒削りな書き手です。だから、もしかしたら読んでくれる人の中に言葉を残せないことの方が多いかもしれません。だけど、僕は既に小説を通してこんなにも素敵な経験をしてしまったのだから、後は自分が成しうることを研ぎ澄ますしかないのかなとも思います。

これからデビュー作が発表されますが、ここで終わらないように、もっともっとたくさんの人たちと言葉で繋がれるように、精進してまいります。本日お越しのみなさま、お仕事の依頼をお待ちしております。

最後に、みなさん、今日はこの場にきてくださって本当にありがとうございます。短い時間ではありますが、おひとりおひとりとお話しできれば嬉しく思います

『太宰治賞2024』

受賞作及び最終候補3作品と選考委員の選評などを収録した『太宰治賞2024』は、株式会社筑摩書房から6月21日(金曜日)発売予定です。

受賞作『メメントラブドール』あらすじ

「私」にはいくつか顔がある。マッチングアプリでノンケの男を喰う「私」、男の娘コンカフェでキャストな「私」、SIer企業でダウナー院卒若手社員をつとめる「私」、高専時代は姫でいられたかつての「私」、その武器ももはや壊れ始めている「私」、それでも誰かを欲しがる「私」、幸か不幸かすべてが己と理解しつつも世界にエラーが起きていく。貼りつけられたペルソナたちがハレーションする新宿区在住20代♂の令和五年。

第40回 太宰治賞 最終候補作品

  • 蒼生行(あおい・ゆく)  「フォルムレス・ヒール」
  • 敏伊佑季(としい・ゆき)  「アニサキスと何処迄も高い月」
  • 市街地ギャオ(しがいち・ぎゃお)「メメントラブドール」
  • 村上岳(むらかみ・たけ) 「堆積するもの」
太宰治賞とは
昭和39年に筑摩書房が創設した小説の公募新人賞で、吉村昭をはじめ、加賀乙彦、金井美恵子、宮尾登美子、宮本輝など多くの著名作家を世に輩出してきました。昭和53年の第14回を最後に中断していましたが、三鷹ゆかりの文人たちの文化の薫りを継承したいと考えていた三鷹市が、三鷹になじみの深い太宰治の没後50年(平成10年)を機に、筑摩書房に呼び掛け、共同主催の形で復活しました。
その後も、芥川賞を受賞した津村記久子さん、今村夏子さん、大江健三郎賞を受賞した岩城けいさんなど、有望な若手作家を輩出しています。
画像:副賞目録を手に記念撮影(拡大画像へのリンク)

副賞目録を手に記念撮影

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