都立武蔵野中央公園(中島飛行機武蔵製作所西工場跡地)
戦前日本航空機工業のトップメーカーだった中島飛行機のエンジン工場・武蔵製作所・西工場(旧多摩製作所)の跡地に、1989(平成元)年に開園されたのが都立武蔵野中央公園である。面積約11万㎡、どこまでも続く草原のような「はらっぱ」の公園として親しまれている。隣接する都営武蔵野緑町二丁目アパートの場所に1938(昭和13)年、陸軍専用の武蔵野製作所が開設され、その後、現在の都立武蔵野中央公園から都立武蔵野北高等学校の場所に1941(昭和16)年に開設されたのが海軍専用の多摩製作所だった。両工場は互いに壁で隔てられ、秘密にしていたが、戦局が悪化した1943(昭和18)年末には合併し、武蔵製作所の東工場・西工場となった。同工場では、零戦や一式戦闘機「隼」に搭載した栄型エンジンを中心に終戦までに14,000基を生産した。従業員は約45,000人といわれる。1944(昭和19)年11月24日に始まるマリアナ諸島サイパン島からの日本本土空襲では最初の目標とされ、終戦までに計画では十数回、実際に損害があった場合だけでも合計9回の空襲を受け、鉄筋コンクリート構造の建物以外は壊滅的な損害を被った。
西工場の建物は、鉄筋コンクリート構造の地下1階・地上3階・一部4階で、南北方向で中央部が連結された6棟が東西方向に翼を広げるような形状の大工場だった。空襲で一部は損壊したが、大半は戦後改修を施され、1953(昭和28)年には日米安全保障条約に基づく在日駐留軍の宿舎・米軍住宅グリーンパークに転用された。1974(昭和49)年に首都圏の米軍基地を再編し、横田基地へと集約を図る関東計画の一環として返還が決定し、1976(昭和51)年には未整備ながら公園用地として開放された。その後、土地所有権をめぐる紛争を経て、1989(平成元)年に都立武蔵野中央公園として整備され、開園した。
- 所在地
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東京都武蔵野市八幡町2-4-22
- アクセス・注意事項
武蔵野中央公園|公園へ行こう!