l o a d i n g . . .

戦争遺跡・平和スポット

武蔵野市営武蔵野陸上競技場(中島運動場)

武蔵野市営陸上競技場は、中島飛行機武蔵製作所の厚生施設の「中島運動場」であった。周辺には、テニスコート、プール(現在の屋外プールの場所)、土俵などもあった。この運動場では、軍事教練や防空演習などを行っていた。

太平洋戦争末期、本土空襲が激しくなると、スタンドの土盛の下には防空壕が作られ、上には米軍機を迎え撃つための「高射機関砲」が設置されていた。1944(昭和19)年12月3日の中島飛行機武蔵製作所への第2回目の空襲では、至近弾で防空壕が崩落、30名以上が生き埋めとなって死亡した。主に中島飛行機の武蔵第一青年学校(現・武蔵野市立第四中学校)で研修を行なっていた指導員や工作法研究生、勤労動員学徒らが犠牲となった。犠牲者のなかには、自由学園女子部高等科、山梨師範学校女子部の女子学生も含まれていた。

所在地

東京都武蔵野市吉祥寺北町5-11-20

アクセス・注意事項

施設案内 武蔵野総合体育館・武蔵野陸上競技場|武蔵野市公式ホームページ