源正寺と「倶会一処」の碑
源正寺は、武蔵野市を構成する4つの村の一つである西窪村に、17世紀に創建された浄土真宗西本願寺派の寺院である。中島飛行機の創設者である中島知久平(1884(明治17)年~1949(昭和24)年)が浄土真宗の信徒であったことから、武蔵製作所とのつながりも強く、武蔵野製作所が武蔵野町西窪(現・緑町)に進出する際、用地買収のために地主を集め、取りまとめたことが当時の新聞にも掲載されている。
一方、大戦末期になると、空襲による犠牲者の遺骨は一度、源正寺に運ばれ、ここで慰霊祭が行われた。ところが、引き取り手のない遺骨5体分(5人とは限らない)が残ってしまった。戦後、1948(昭和23)年に、中島飛行機武蔵製作所の殉職者の慰霊碑建立委員会の手によって、「倶会一処(くえいっしょ)」と記された慰霊碑が建立され、遺骨はここに納められた。また、境内の墓石には、機銃掃射の弾痕が多数見られる。
- 所在地
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東京都武蔵野市緑町1-6-7
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