緑と水の公園都市 三鷹市
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広報みたか2021年1月1日4面

■新春対談「地域に居場所をもつことが社会を豊かにする」

2021年 新春対談
作家 奥泉 光さん × 河村 孝市長

 市内在住の小説家・奥泉光さんは、芥川賞をはじめ数々の文学賞を受賞された、日本を代表する作家のお一人です。一方で、多忙な執筆活動の傍ら、おおさわ学園のコミュニティ・スクール委員を務めるなど、地域活動にも熱心に取り組まれてきました。奥泉さんの作品を愛読する河村孝市長が、作品執筆の秘密や文学の醍醐味、さらには小説の楽しみ方などをお聞きするとともに、地域活動との関わり方について語り合いました。

登場人物が動きだす感触が小説を面白くする
河村 奥泉先生は、三鷹市に住んでどれくらいですか。

奥泉 今の家に住み始めて約20年ですが、国際基督教大学(以下、ICU)在学中にも住んでいたので、そこからだとずいぶん長くなりますね。

河村 ICUはアメリカの大学のような雰囲気ですよね。私が学生時代を過ごした大学とはだいぶ違う雰囲気に驚きました。実は、三鷹市の職員になってからICUに通っていたことがあるんです。

奥泉 勉強をしていたんですか。

河村 三鷹市とICUで共同研究をしていて、毎日研究室に通っていました。その際、大学時代をICUで過ごしていたら、別の人生を歩んでいただろうと思いました。ところで、先生が小説家になったきっかけは何だったのですか。

奥泉 大学で社会科学を専攻して、学者になることを志していたのですが、大学院の頃、後に『古代ユダヤ社会史』として出版される本の翻訳を仲間と手掛けました。原文はドイツ語で、パソコンがない時代にすべて手書きの翻訳が本当にしんどくて、疲弊してしまった。しばらく学術的なことはやりたくないと思ったわけです。

河村 そこから小説の道に。

奥泉 そうです。小説という自由なジャンルがある、何を書いてもいいと聞いて、ちょっと書いてみようと思って。

河村 最初の作品は、『地の鳥 天の魚群』ですね。初作品であそこまで書けるのは、私が言うのも生意気ですが、やはり才能だと思います。最新作の『死神の棋譜』もすごい作品でした。話を詰めていく緊張感がすごかった。先生の作品は何度もどんでん返しがあって展開に驚かされます。

奥泉 あの作品はミステリーであり、エンターテインメントです。月刊誌の連載で書いた小説ですが、実は、僕はミステリーを書くときに、結末まで考えていないんです。

河村 あれほど詰め将棋のような緻密な展開なのに、 それは意外です。

奥泉 書きながら考えていく。登場人物が動いていくんですね。その感触が小説を面白くする。

河村 読者としては、最初から物語の設計図ができていたように思えます。

奥泉 そういう書き方は、ある意味窮屈ですからね。なかなか事前には、すべての展開を考えられないということもあります。

河村 先生には、太宰治賞の選考委員も務めていただいています。新人の作品は何を基準に評価されていますか。

奥泉 文体です。小説は「語りの魅力」が大きい。映画にもテレビドラマにもストーリーはありますが、言葉の語りは小説にしかありません。一番の理想は、ストーリーがなくても語りで読ませられる作品です。夏目漱石の『草枕』がまさにそうで、画家が温泉地を訪れるだけの話ですが、語りの魅力だけで小説を構成しています。僕は、そういう魅力を作品に求めたい。

河村 太宰治も語りのうまい作家ですね。

奥泉 そうですね。特に最初の短編集『晩年』は実験的であり、語りに工夫がある。好きな作品の一つです。

学校は働き盛り世代が地域社会に関われる貴重な場
河村 先生は、2009年におおさわ学園の「おやじの会」を設立し、初代会長を務められました。作家である先生が学校活動の支援に参加されたのは、どんなお気持ちからだったのですか。

奥泉 子どもが大沢台小学校に入学して、後に小・中一貫のおおさわ学園になりました。その際にクラス運営委員を引き受けましたが、学校に関わることをやってみたいと思ったんです。その経験が実に面白かった。それで周りの人にも「やってみた方がいいよ」と勧めています。学校を拠点に、地域に住む人々が交流することは本当に重要だと思います。

河村 市の教育長が聞いたら、泣いて喜びます(笑)。

奥泉 子どもには学校があり、高齢者にも交流の場があります。でも、働き盛りの人々が地域で交流する場はあまりないんです。こうした中で、地域の大人が参加できる場の一つが学校です。僕はそういう形での社会参加は必要なことだし、さまざまな人々と交流するチャンスがあることは、人生を豊かにすると思うんです。

河村 先生の地域へのまなざしは小説にも表れていて、作品にもさらりと「コミュニティ・センター」の描写が出てきたりしますね。

奥泉 はい。東京では地域社会に参加しなくても暮らしていくことはできます。昭和の価値観で言えば、男は会社と家の往復で、そこにしか居場所がない。でも、自分が暮らす地域など複数の場所に居場所をもち、人間関係をつくることが社会を豊かにすると思いますね。

河村 三鷹市は古くからコミュニティ行政を推進してきたという歴史があって、七つの住区にコミュニティ・センターがあります。社会が多様化する中で、都会と田舎の良さを併せ持つ三鷹の地域の在り方は、これから一層、問われてくるのではないかと思っています。この先も、地域社会が活性化する可能性は十分にありますが、今が踏ん張りどころだと感じています。

奥泉 三鷹市にはコミュニティ活動の伝統があることを、市民が誇りに思えたらいいと思います。自分が暮らす地域を誇れるのは素晴らしいことです。

親や教員以外の大人が学校にいることの重要さ
奥泉 子どもが学校を卒業してからも、おおさわ学園のコミュニティ・スクール委員を10年間やってきて思うのは、「地域のために何かしたい」という思いのある人はたくさんいるし、潜在的にすごい力量を持った有能な人たちもたくさんいるということです。

河村 芥川賞作家がコミュニティ・スクール委員って、すごいことですしね。

奥泉 いいえ。大切なのは、地域のために何かしたい人に、いかに参加してもらえるか、そして、その人を認めることです。

河村 「承認する」ということですね。

奥泉 そうです。学校に、教員でもなく、児童・生徒の保護者でもない地域の人が来ていること自体が重要なのですから。

河村 地域の大人から褒められることは、子どもたちにとって大きな励みでしょうね。

奥泉 ええ。でも、子どもだけじゃなく、大人も褒めてもらいたいですよね。委員になりたての人はよく謙遜で「何もできませんが…」と言いますが、それは違います。例えば、学校に何らかのクレームが入ると、それが理不尽なものであっても、先生は「いや、ちゃんとやっていますよ」とは言いづらい。外部の人間がいることで、もっともな批判は受けとめて、反対に良いことは良いと認められる。だから、いてくれるだけでも意味があるんです。さらに何か活動に取り組んでくれたら、そのことを大いに褒める。お互いに褒めあう(笑)。

河村 そうした承認の輪って大事ですね。先生には地域活動に復活して、触媒のような役割を果たしてほしいです。日本の文学界には損失になってしまうので、あまり大きな声では言えませんが。

奥泉 そんなことはありません。ぜひ、また機会があればやりたいです。

長く付き合える本との出会いは人生の宝になる
河村 今年はどんな活動を予定されているのですか。

奥泉 現在、文芸誌で『虚史のリズム』という作品を連載しています。終戦2年後の、1947年を舞台にした小説です。アジア太平洋戦争から占領時代にかけての物語で、戦後思想の成り立ちをテーマにしています。非常に混沌とした時代で、日本の歴史でも分からないことが多いのですが、最近はアメリカの史料が公開され始めています。

河村 面白そうですね。

奥泉 連載は今年いっぱいは続き、これまで書いてきた中でも最も長い作品になると思います。今は、その執筆に一番力を入れています。

河村 大作ですね。楽しみです。文学の楽しみ方について、先生からのアドバイスをいただけませんか。

奥泉 そうですね。特に文学好きというわけではない方は、小説は最初から最後まで読まなくてはいけないものだと思わなくていいと思います。

河村 どういうことでしょうか。

奥泉 先ほど、小説は「語りの魅力」というお話をしました。語りに魅力がある小説はどこから読んでも面白いものなんです。だから、最初から最後まで読み通すことを目標にするのではなく、ある本と時間をかけて「付き合っていく」と考えたらよいのではないでしょうか。音楽でも好きな曲は何度も聴くように、小説と付き合っていけばいい。そして、なるべくゆっくりと、深く読む。それができる本との出会いは人生の宝になります。

河村 私は、本との出会いは一期一会だと思っているところがあって、何度も読む本はそう多くありません。だから、繰り返し読みたくなる先生の本は私にとって大切な宝です。今日は本当に勉強になりました。ありがとうございました。

奥泉 こちらこそ、ありがとうございました。

河村孝市長 Takashi Kawamura
 1954年、静岡市生まれ、66歳。1977年、早稲田大学卒業後、三鷹市に就職。企画部長として、都立井の頭恩賜公園への三鷹の森ジブリ美術館の誘致を実現。2003年から3期12年にわたり助役・副市長として市政を支える。(株)まちづくり三鷹代表取締役会長、(公財)三鷹市芸術文化振興財団理事長、(公財)三鷹国際交流協会理事長などを歴任し、2019年4月に第7代三鷹市長に就任(現在1期目)。好きな言葉は「持続する志」。趣味は読書と散歩で、読書の好みは純文学から漫画まで幅広い。早稲田大学在学中に始めた空手は黒帯。

奥泉光さん Hikaru Okuizumi
 1956年生まれ。国際基督教大学修士課程修了。1986年、『地の鳥 天の魚群』で小説家デビュー。1994年『石の来歴』で芥川賞受賞。その後も『神器』『東京自叙伝』『雪の階』などで数々の文学賞を受賞。作風はミステリー構造をもつものが多く、虚実のはざまに読者を落とし込む手法を得意とする。2020年には自身が熱心なファンである将棋をテーマに『死神の棋譜』を上梓。芥川賞をはじめ数多くの文学賞の選考委員を務め、2016年からは三鷹市と筑摩書房が共同主催する太宰治賞の選考委員にも就任。近畿大学文芸学部教授。

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