緑と水の公園都市 三鷹市
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広報みたか2015年1月1日4面

■新春対談「三鷹らしい価値の創造を太宰治賞とともに」

2015年新春対談
小川洋子さん(作家)×清原慶子市長

 今年で第31回を迎える、太宰治賞。三鷹市と筑摩書房の協働で主催されるこの文学賞は、これまで数多くの優れた作家を輩出してきました。選考委員の一人としてすでに10年以上、同賞にかかわってこられたのが、作家の小川洋子さんです。芥川賞受賞作『妊娠カレンダー』、映画化もされたベストセラー『博士の愛した数式』をはじめ数々の人気作品で知られる小川さんに、太宰治賞やご自身の創作への思いなどについてお聞きしました。

後世に残る作品の誕生に立ち会える喜び

清原 小川先生と三鷹市は太宰治賞を通して深いご縁があります。毎年、ここ「みたか井心亭」が選考会場ですが、今日の印象はいかがですか。

小川 選考会のときは、毎回、戦いに臨むような緊張感でこの場所にいますが、今日は清々しい気分でリラックスしています。

清原 三鷹市に縁の深い吉村昭先生が勇退なさった後を受けて、平成16(2004)年に選考委員を引き受けられたときのお気持ちはいかがでしたか。

小川 太宰治賞の象徴ともいえる吉村先生の後ということで、とても光栄でしたが、同時に荷が重くも感じました。でも、最初の選考会で三鷹市役所の方々の熱い情熱が伝わってきて、これはやりがいのある賞だとすぐに分かりました。いくつかの賞の選考委員をしていますが、太宰治賞は特別楽しみです。

清原 自治体が主催している賞の選考委員のご経験は、ほかにもありますか。

小川 出身地である岡山県の郷土文化財団が主催する内田百間(うちだ・ひゃっけん)文学賞の選考委員をしています。その大変さも見ていましたので、太宰治賞を三鷹市が支えているのは、素晴らしいことだと思っています。太宰治賞ほど個性豊かで質が高く、全くの新人作家が話題作を提供する文学賞はほかにないのではないでしょうか。

清原 筑摩書房、そして選考委員の方々との協働の取り組みのおかげさまです。これまでの太宰治賞の中で特に印象深かった作品は何でしょうか。

小川 私が選考委員になって初めのころに受賞された津村記久子さんの『君は永遠にそいつらより若い』(『マンイーター』から改題)や今村夏子さんの『こちらあみ子』(『あたらしい娘』から改題)が印象に残っていますね。こうした文学史の中で語り継がれるような名作の発見に最初から関われたことを誇りに思います。

清原 『君は永遠にそいつらより若い』や『こちらあみ子』は、選考委員の先生方の講評を受けて、作品のタイトルを変えて出版していますね。後世に残る文学作品が生み出される瞬間の、いわば“お産婆さん”の役を選考委員の方々が果たしてくださっています。

小川 選考委員は作品を選びますが、世の中に広めることはできません。ですから、本当のお産婆さんは太宰治賞そのものなのではないでしょうか。

自分から遠い人や事柄との出会いこそ面白い

清原 小川先生が、小説をお書きになろうと思ったのは、どんなきっかけだったのですか。

小川 子どものころから、本を読んでいるときが一番自由で楽しい時間でした。良い本を読むと自分も書いてみたくなって、作品のようなものをお遊びで高校時代から書いていました。そして大学の文芸科へ進んでからは、原稿用紙で20枚ぐらいの短編を書くようになりました。

清原 創作への思いは、大学生のころから変化されているのでしょうか。

小川 変わってきています。やはり若いころは、「自分のことを分かってほしい」という気持ちが一番です。でも、だんだん書いてゆくうちに、自分よりもっと面白い人が世の中にいることに気付きます。自分と距離をとって客観的に現実を見ることで、より鮮明にものが見え、書きたい題材も広がっていきます。

清原 人との出会いによっても作品は生まれると思いますが、どのような人や事柄に興味を感じられるのでしょうか。

小川 自分の興味と書きたい対象とは別なんです。例えば『博士の愛した数式』で数学者を取り上げたからといって、私が「フェルマーの最終定理」を解けるわけではありません。私のできない何かに一生を捧げていらっしゃる方に出会うと、書きたい気持ちが湧き上がってくることが多いのです。

人は誰もが自分の物語を生きている

清原 私は市長に就任以来、太宰治賞を広く知っていただくため、選考委員の方々に順番に講演をお願いしてきました。小川先生には、平成17(2005)年11月に三鷹市芸術文化センターで開催した文学講演会で講演していただきました。

小川 そうでしたね。講演の内容が後に筑摩書房で本になり、思いがけず自分の財産となりました。

清原 講演のテーマが『物語の役割』で、数学者の藤原正彦先生との思いがけない出会いから『博士の愛した数式』という物語が生まれたエピソードも紹介されました。私たちの日常の何気ない出来事の中に、それぞれの物語が隠れているのだと、そのとき納得したのを覚えています。

小川 物語は本の中にだけあるのではありません。自分だけの物語が一人ひとりの人生の中にすでに存在していて、それを言葉で表現するかどうかなんですね。逆に言うと、厳しい体験をしても「この試練にはこういった意味があるんだ」と、自分なりの物語を自分に語って聞かせることができれば昇華できるのだと思います。

清原 市長になって2年目にそのご講演をお聴きして改めて、私は私の物語の中の「市長」という役割を素直に受容して、自然体でやっていこうと気持ちが定まりました。市長の仕事は私にとって、市議会議員、幅広い市民の皆様、職員が一体となった「オール三鷹市」でやっているものという意識があります。

小川 市長が私の講演からそう感じてくださったように、小説も人それぞれの受け取り方があって、作家の意図を超えた受け取り方をされるような作品を書かなければいけないと思っています。一方で、現実にはあり得ないだろうと空想で書いたことが、すでに現実に存在し、現実の懐の深さに驚かされることもあります。結果として、自分が思った以上のことが起こる素晴らしい瞬間があります。

清原 そうですね。三鷹市は今、第4次三鷹市基本計画の最重点プロジェクトに「都市再生」と「コミュニティ創生」を掲げています。これらの取り組みの現場を見ると、私が市長として描いたビジョンを上回っている出来事がしばしばあります。それは、私の思いをはるかに超える市民の皆様の活躍があるからなんですね。

見えなくても確かにある価値を求めて

清原 太宰治賞とそれを主催している三鷹市について、今後期待することはありますか。

小川 文学に限らず芸術は、目に見える形で恩恵が分かりにくいものです。でも、必ずいろいろな豊かさを生み出すものなので、太宰治賞は三鷹市に間違いなく実りをもたらしていると思います。

清原 三鷹市は「価値創造都市」であり続けたいと思っています。価値とは必ずしも目に見えるものや数字で表せるものではなく、三鷹市という地域の総体としての価値を表す象徴の一つが太宰治賞であると考えています。

小川 20年、30年先に、「あの作家は太宰治賞から出てきたんだ」とみなさんが思ってくれるような賞、太宰治賞は素晴らしい価値を生み出す三鷹市の誇りなのだとみなさんが思ってくださるような賞に成長していってほしいですね。

清原 最後に、平成27(2015)年を迎えての抱負をお聞きしたいと思います。

小川 作家は、ひたすら書くだけなんですね。今年もまた一つでも新しい小説が書けるよう、コツコツと苦しみたい。ありがたいことに、私に書かれることを待ってくれている何かがあるんです。

清原 私も市長として解決しなくてはならない課題については「課題」という名のラベルが貼られているわけではないので、自ら見つけていくべきものだと思っています。「市民の視点」と「自治体経営者の視点」のバランスを持って、適切に課題を認識できるような感性を培っていかなければと感じています。

小川 自分がやらなければならない使命のようなものと出会ったときに、柔軟にそれを受け容れられるよう心の準備をしておかなくてはいけないということですね。

清原 その通りだと思います。今年も「価値創造都市・三鷹」の推進に向けて、市民の皆様の声に耳を傾け、心の目を見開いていきたいと思います。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

清原慶子市長 Keiko Kiyohara
昭和26(1951)年生まれ。慶応義塾大学、同大大学院で学んだ後、ルーテル学院大学文学部教授、東京工科大学メディア学部教授・学部長を経て、平成15(2003)年4月に第6代三鷹市長に就任(現在3期目)。内閣府「子ども・子育て会議」、厚生労働省「社会保障審議会障害者部会」、国土交通省「国土審議会」をはじめ、内閣官房、総務省などの審議会等の委員や全国市長会評議員、東京都市長会監事、公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団副理事長などを務める。「市民参加と協働」「行財政改革」の二つを市政の基礎に位置付け、「都市再生」と「コミュニティ創生」を最重点とした高環境・高福祉のまちづくりを推進している。

小川洋子さん Yoko Ogawa
昭和37(1962)年、岡山県生まれ。小説家。早稲田大学卒業後、昭和63(1988)年『揚羽蝶が壊れる時』で海燕新人文学賞を受賞。平成2(1990)年『妊娠カレンダー』で芥川賞を受賞。平成16(2004)年『博士の愛した数式』で読売文学賞および本屋大賞(全国書店員が選んだ一番売りたい本)を受賞、平成18(2006)年映画化される。平成17(2005)年『薬指の標本』がフランスで映画化される。そのほかの著書に『ホテル・アイリス』『沈黙博物館』『アンネ・フランクの記憶』『ブラフマンの埋葬』『ミーナの行進』『ことり』など多数。内田百間文学賞、芥川賞、読売文学賞、河合隼雄物語賞の選考委員のほか、平成16(2004)年から太宰治賞の選考委員を務める。

※詳細はPDFをご覧ください。

みたか井心亭(せいしんてい)
昭和58年、当時この地にお住まいだった井上良則ご夫妻から土地の提供を受け、市が建設した本格的な茶室を備えた和風文化施設。市民公募により「井心亭」と命名された。茶道、華道などの文化活動の場として貸し出されているほか、毎月1回、落語会「寄席井心亭」も開かれる。庭内には太宰治ゆかりの百日紅(さるすべり)が移植されている。昭和63年開館。


※詳細はPDFをご覧ください。


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