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第36回太宰治賞が八木詠美さんの「空芯手帳」に決まりました

 令和2年5月8日、第36回太宰治賞(筑摩書房・三鷹市共同主催)の最終選考が実施され、選考委員の荒川洋治さん、奥泉光さん、中島京子さん、津村記久子さんの厳正な選考により、1,440編の応募作品の中から八木詠美(やぎ・えみ)さんの「空芯手帳」に決まりました。

写真:第36回太宰治賞受賞者の八木詠美さん
第36回太宰治賞受賞者の八木詠美さん

受賞作「空芯手帳」

紙管製造会社に勤める柴田は、女性だからという理由で雑用をすべて押し付けられ、上司からはセクハラ紛いの扱いを受ける34歳。ある日、はずみで「妊娠した」と嘘を吐いたことをきっかけに、“にせ妊婦”を演じる生活が始まってしまう。しかしその設定に則った日常は思いがけず快適で、空虚な日々はにわかに活気づいていった。
やがてマタニティエアロビに精を出し始めた柴田は、そこで知り合った妊婦仲間との交流を通して“産む性”の抱える孤独を知ることになる。表面的な制度や配慮だけは整っていく会社、ワンオペ育児や産後うつに苦しむ女性たち……現実は「産んでも地獄、産まぬも地獄」だった。柴田は小さな嘘を育てることで自分だけの居場所を守ろうとしていた。
そしてついに、ぶじ妊娠40週めをむかえた柴田の「出産」はいかなる未来を切り開くのか。

津村記久子さんの選評

五月一日に第一回、五月七日に第二回と、選考委員それぞれの作品への評価を読み合わせながら、受賞作について審議しました。
受賞となった「空芯手帳」は、三十四歳の女性会社員が偽の「妊婦」になり産休を取るという話ですが、第一回の時点から相対的に高い評価を得ていました。点数的には次点となった「あの声で言って」は、思いもよらないラストが全員一致して残念だったという意見でしたが、お笑いという難しい主題をある程度コントロールできているところや、登場人物の書き込みとそのやりとりのおもしろさなどについて評価を集めました。
受賞作の「空芯手帳」は、描写の緻密さや細部への視点について、高い評価で一致していました。「妊娠していないとされているが、本当に妊娠していないのか?」という危ういあらすじが、作者独自の感性が反映できている言葉で文章化されていたように思います。主人公の妊娠を気にする同僚とのやりとり、ふとした女子高生の会話、製管工場の様子などが、各委員の印象に残り、受賞という結果になりました。

受賞作決定までの流れ

今回の受賞作は、平成28年の第32回太宰治賞の1,473篇に次ぐ過去2番目に多い応募作品総数1,440篇(前回1,201篇)の中から4篇を最終候補作とし、選考委員4名による選考の結果、令和2年5月8日に決定されたものです(新型コロナウイルスの影響を鑑み、選考会は実施せず、選考委員が電子メールにより協議し決定しました)。
なお、受賞作および最終候補作のすべてと選考委員の選評などを収録した「太宰治賞2020」を、筑摩書房から発売予定です。

第36回太宰治賞最終候補作品

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太宰治賞